水中衛兵

不沈C-56

海の町ではモニュメントになるのは人間だけではなく、艦艇を記念したモニュメントもあります。恐らく、最も興味深いと思われるものが「C-56」潜水艦です。ディーゼル・エレクトリックエンジン方式のC-56はレニングラードで起工され、ウラジオストクの極東工場で竣工され、その稼動は1941年10月に始まりました。1年間後には当時の潜水艦技術では考えられない、太平洋や大西洋経由で北部艦隊への航行移動をこなしました。

艦長のグリゴーリー・シチェドリーン中佐

北部ではC-56がファシストとの戦いで実績を収めました。その戦闘実績としては計8回の軍事航海で、損傷艦は別として4隻の目標の撃沈(戦艦2艦と運送船2隻)が挙げられます。

1944年には潜水艦として赤旗勲章を授与され、1945年には親衛という称号を受賞しました。そういったことにより、「C-56」が一番実績の良いソビエト潜水艦だと考えられます。その考え方が2014年公開されたセルゲイ・ブリリョフ監督のドキュメンタリー「3大洋の秘密」で反映させられています。ただし、撃沈戦艦のトン数ではドイツ客船「Wilhelm Gustloff」を沈没させた伝説的なマリネスコ艦長の「C-13」、また「L-3」潜水艦に負けています。一番最適な定義を当てはめると、「C-56」は魚雷使用における戦績の中では、最も実績の良いソ連海軍の潜水艦と言っても間違いないでしょう。

第二次世界大戦の終了後、「C-56」は北方艦隊に所属した後、1954年に北部海洋海路経由で太平洋に戻って、ソビエト潜水艦のなかで初めて一周回り航海をこなした潜水艦となりました。1975年には勝利30周年を記念としてコラベリナヤ海岸通りで、太平洋艦隊司令部の直ぐ側に設置されました。そのためには潜水艦の主部がいくつかの部分に切断され、海岸上で溶接されました。

現在は潜水艦が太平洋艦隊の軍事名誉メモリアルの一部となり、太平洋艦隊の軍事歴史博物館の分館として営業しています。それは太平洋艦隊の海軍役からの解除にも関わらず、事実上まだ兵役が続いていることを示しています。「C-56」の中部や艦首の部分の内観はそのまま保管されているため水兵の2段ベッドを触ったり、魚雷発射管の中を覗いたり、潜望鏡を見たりすることが出来ます。

戦時中、「C-56」は19回ぐらい沈没したと公表されましたが、事実ではなく毎回復活しました。現在の「C-56」は永久に不沈潜水艦になったとも言えます。

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