ウラジオストクのリズムはジャズ!

それぞれの街は自分の音楽のリズムを持っています。ウラジオストクはジャズに一番近いです。天気にしても、次の30分にどの楽譜が空から落ちてくるか全く予想出来ません。曇るか、晴れるか、大雨が降るか...ウラジオストクの人間もかなり独特で、ジャズっぽいです。人生における即興演奏はウラジオストクのお手の物です。毎年ジャズ・フェスティバルのチケットがコンサートの1ヶ月前に発売されますが、会場は常に満席になるのも驚くに値しません。第一回ウラジオストク・ジャズ・フェスティバルは沿海地方の首都で2004年の秋に開催されました。多くの縁起のいいイベントのように、全ては偶然に起こりました。2004年の夏に米国総領事館の支援で行われた米ロ文化交換プログラム「ジャズ大使」によって、Neighborliness Jazz Quartetがウラジオストクを訪れました。聴衆もバンド自身も満足するほどいい演奏でした。

この成功により沿海地方フィルハーモニーは同年秋、〝我々もやろうじゃないか″とイニシアティブを取り、その後当地で毎年開催されるジャズフェスティバルとなりました。アメリカのミュージシャンに加え、日本のジャズマンたちも参加することになりました。

フェスティバルはこのようにスタートを切りました。外国人にとって「不思議なウラジオストク」の伝説は、訪れたミュージシャンによって口伝えに広がっています。狭い世界のジャズ界内では、夢中になった観客はチケット売り場を包囲したり、30分以上もアンコール演奏を求めたりすると、まことしやかに伝えられています。外国のゲスト・ミュージシャンは、「ロシアの果てにあるこの港町で、一体どこからこんなにたくさんの美の愛好家が現れたのですか?」と驚いています。答えをなかなか見つけられないので、再びそれを見つけに戻ってきます。今度こそきっと謎解きができると期待しながら。または、ただ単にこの街が気に入ったということでしょう。

ビリー・コブハム、ランディ・ブレッカー、メゾフォルテ、マルコ・ミネマン、デニス・チェンバーズ、デイブ・ウェックル、グレグ・ハウなどの多くの一流ジャズ・スターがウラジオストクを訪れました。ロシアのジャズ・ミュージシャンもそれに負けず劣らず、喜んでウラジオストクを来訪します。イーゴリ・ブットマンのコンサートチケットが公演の3ヶ月前に完売になりました。ウラジオストク・ジャズ・フェスティバルの良いところは、大御所スターだけではなく、小さな星たちも集めているところです。そうでないと、音楽の星座が整わないのです。

この年月の間に、ウラジオストクでは多くの人がジャズを演奏を出来るだけではなく、素敵な曲を作曲できることも明らかになっています。ウラジオストク市民の好きな曲の一つである「金角湾の灯り」は、ジャズ・ピアニストのイェヴゲニー・シェメネンコによって、ウラジオストクの誕生日を記念して作曲されました。どちらにせよ、ウラジオストクは秋に訪れるだけの価値があります。海を眺めるため、永遠について考えるため、そしてジャズを聴くためです。

ウラジオストクへようこそ

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